海外で成功している日本人の共通点 ー ブレないこと

最近、海外で起業し、成功している日本人にお会いする機会が多かった。
 
その方々の特徴について、まとめたい。
 
1、事業戦略、企業戦略は極めてシンプル/独自性は乏しい
 
2、ブレずにそこにいる覚悟がある事で、現地の信頼を得ている
 
3、現地で作り、現地で売るのが中心
 
以上。
 
やっていること、それをやる理由はとてもシンプル。差別化されていません。
逆に言うと、ある程度 顕在化している、いろんな人から見てもチャンスがあることを淡々とやっている。
 
差別化要素としても、日本とのつながり、とか、日本人のまじめさ、とかその程度。
特に肩に力の入った戦略性とか独自性を展開している訳ではない。
 
人物も様々。
 
オーラがある人も居るけれど、基本的には普段はパッと見「普通の人の良いおじさん」
 
ただ、確実に言えるのは、
 
「ここでずっとビジネスをやる、ずっと住む」という覚悟がある事。
 
海外は、例えば、外資規制も伴うので、ある時全部なくなっちゃう、みたいなリスクは必ず負います。
でも、そんな覚悟は出来ている。そういう方々だなあと思います。
 
日本の大手企業が優秀な人を投下しても、なかなか現地発、現地市場に向けたビジネスが作れないのは、どんなに優秀でも「所詮駐在員」だからだと思います。
ビジネスのオーナーシップ(株)を一部持たせて、片道切符にする、ぐらいやらないと無理かと。
 
また、ビジネスを本質的に、日本に依存しない形、
現地の人を使い、現地の人のニーズにマッチする商品サービスを提供する、
ということで、ビジネスがどんどん伸びているし、今後もずっとサステイナブルな感じがします。
日本がらみだと、日本側が劣化すると、こちらのビジネスの競争力も激減するのでリスクです。
 
ビジネス立ち上げの時は、「日本」を使ったとしても、徐々にビジネスモデルを現地化、脱日本依存化させることがポイントだと、改めて思いました。
 
僕自身の事を振り返っても、
ある程度こちらの事業が進んでいるのは、
 
英語が出来るとか、海外ビジネス経験があるとかいうことは全然関係なくて、
 
本気度が伝わっている事
 
それだけが、ポイントなんではないかな、と改めて、思います。
 
 
ちなみに、大成功されている方の奥様は現地の方、というパターンが多いというのもあるので、
独身の方、是非海外での起業に挑戦されるといいのではないでしょうか!

「私達」こそが、平和を守る主体であるべき

日本と隣国の緊張が高まっています。
 
防空圏が一方的に広げられて、それをアメリカは結局放置し、うやむやになっています。
そんなこともあれば、安部首相的にもいろいろなバランスの中で靖国訪問も必要になったのでしょう。
 
このような状況の中、誰が平和を守るのでしょうか?
 
平和憲法を持っていたって、平和は創れません。

いくら平和を訴えても、自分が弱くて、より強いのが攻めて来たら、平和でもなんでもない。
 
そして、残念ながら多くの偉い(=現時点で権力がある)人は、「自分の失脚」と「戦争突入」どちらかしか選べないとなると、後者を選ぶのが世の常です。
 
今、テロだなんだと緊張が起きているのは、日本周辺だけではありません。世界的な現象です。
 
この原因は、いろいろありますが、ざっくり言うと、僕の理解では
 
「国」という機構が、人/モノ/情報/カネが素早く動く今の時代に合わなくなってきて、綻んできている。
その反作用として、権力者がナショナリズムを高めたい傾向がある、と思います。
 
一部の「国」という枠組みがとても必要な人と、あと軍需産業(戦争があると儲かる人)などが緊張を高めるべく動いていると考えるのが自然だと思います。
 
テロだって、唐突にテロする側がたまたまやるんではない。起きる国がマッチポンプ的にやっていたり、あるいは外国の中枢が裏で糸を引いていたりというのが、大抵のケースでしょう。
 
一方で、「普通の一般人」にとっては、何が都合がいいのでしょう? 
 
分かりやすく考えると、
中国の普通の自分の頭で考える人が、「防空圏広げよう!」と思うか?と。
日本の一般の人が、「とにかく、周りの人の感情とかいいから靖国行ってくれ」とか思うでしょうか?
 
普通、思ってないでしょう。特に友達とかが国を超えて居るケースも多いと思いますが、そういう自分ごととして本当に捉えれば、「わざわざそんなことするなよ、、、」と考えるのが普通じゃあないでしょうか。
 
お互い、「なめられた感じがしてムカつく」というような感じで頭に血が上っちゃって(煽られてのぼせられちゃって)というような、小学生レベルの感情が高まっている&煽られている気がします。
 
EUが、いろいろな所得格差があったり、通貨や制度が違うのを、もがいて乗り越えて行っているのと、大きなレベルの差を感じます。
 
政治、行政、軍、旧来のマスコミ などのトップは、「国」という枠組みを変えたくない人達です。
アジアや世界でもっと統合していこう というような、マトモな流れに逆行したい人達です。
 
戦争をしたくないのは、一般人(自分で考えられる人)です。
 
なので、一般人が、自分の頭で考え、国を超えてすばらしい状況を沢山つくる事が大切だし、平和を守る上で、唯一有効な手段なのではないかと思います。
 
例えば、僕は1月後半に、中国の友達何人かが長野に遊びに来てくれるので、そのツアコンをします。
将来的には、仲間でスキー場を買って、中国の方が沢山来るスキーリゾートに進化させるプロジェクトをやりたいね、と話しています。
 
そういう細かい事ひとつひとつの積み重ねこそが、平和を守る力になるし、
むしろ、唯一に有効な力なんじゃないかと思います。
 
海外の友達を増やし、絆を深めましょう。
 
マスコミの情報を元に意見をするのは止めましょう。 自分のパーソナルな国際体験を重ねましょう。
 
余談になりますが、とんちというか、そういうセンスが、頭に血がのぼっちゃっているのを冷ますのにいいですよね。 防空圏→靖国 って、センスが無さ過ぎるというか。
 
「防空圏広げられた分、今年中に撤回しないと、こっちも丁度同じ面積そちら側に広げさせてもらいます。防空圏って意味分かんなくなっちゃうねw」
 
「新たな防空圏設定で、二重設定となった地域を飛ぶ飛行機の航空券90%オフキャンペーン中!但し撃ち落とされても保険は効かないので予め了承下さい!」 
 
「面会謝絶されたので、首相自ら夜討ち朝駆けで会おうとしてみた!」

とかやれば、バズって人々が冷静になる一助になると思う。
 
要は、お偉方は煽りたいわけで、そういう人にとって一般人の頭に血をのぼせちゃった方が操りやすくて都合がいいというのは、とても真実だと思います。
 






 

【危険!このサービスはとても便利なので、あなたの能力を劣化させるリスクがあります】とたばこみたいに書くべき

たばこには、【この商品はあなたの健康を害するリスクがあります!】
と書く事が義務づけられてますよね。
 
たばこは、とても文化的な歴史のあるもので、香りを楽しむなんて素敵な部分もあると思うのですが。
 
今回はたばこについて書きたい訳ではないのです。
 
世の中の、いろいろな「便利なモノ/サービス」について書きたいのです。
 
明治時代、江戸時代の人の教養レベル、文化度だとか、スピリットの強さとか、道徳規範の高さとかと比べると、現代人のそれは途方も無く低い、というのは蓋然性の高い事だと思います。
 
なぜか。
 
それは、お手軽で便利なモノ/サービスが溢れ、人間が自分で考えたり、頑張って働いたり ということをしなくなったからだと思います。
 
楽な方に、安きに流れているから、そうなっているということでしょう。
 
140文字では複眼的に物を見て考えを深められないし、
 
場当たりでどうにかなる事が多いような感じがすると、予見して段取りとかしなくなるし

刺激的な動画がすぐ目に飛び込んでくれば、自分はなにもしていなくても時間が過ぎて行きます
 
だから、いまの世の中を席巻している「便利なモノ」すべてには、「これはあなたの能力を劣化させるリスクがある」と、書くべきだ、と、たばことかとの比較感では思いますし、
 
言いたいのは、そういう便利なモノとの付合い方を上手にとって、
 
自分の自己実現や本当にやりたいことはしっかりと追求して行く姿勢を持つ事
 
せっかく便利な物が多い時代に、便利なモノに無能化されちゃうことなく、
上手に行きて行くポイントだと思います。
 
イメージは、「スパイラルアップ」 文化つまり、芸術や思索、あるいは手作りとか実生活。そういうことこそが重要で、みんなの関心事で、レベルが上がって行く。そういうのが面白い時代にすべきだと。便利な時代ではなく。 そう思います。
 
偉そうな総論になり、失礼しました。
 
僕は、畑にちゃんと出ようと、改めて思います
 
あと、文化的な店を始めよう、と思います。

 

「効く」社内用語

会社の社員の力を、同じベクトルで引き出すのに、「マジカルワード」的に社内用語が浸透するのってとても大切だな、と思う件について書いてみます。
 
僕の経験した「マジカルワード」の例示をしてみます

① ゼロ・ディフェクト —  ベイン
 
要は、「間違いが絶対にない」ということを保証しろ、という事です。
新入社員に最初に求められるのはこれで、これを証明しないと、次に進めません。 
「こいつが出したものは、間違いが絶対にない(出したものの価値はともかく)」という信用を得ることが、一歩目なのです。
 
「ゼロ」という言葉はとても強烈で、一回でもミス・エラーがあれば、その半期の評価で、「ゼロディフェクトではなかったね、not qualified」ということになります。
 
僕は、最初の評価で「もうちょっとでゼロディフェクト」どころか、「carless by nature — 生まれつきミスが多い人」 という不名誉な評価を頂き、お陰様で発奮できました。
 


② 出来ないと言わない。限界からあと一歩進め。結果が全てである — ワタミ
 
三段構えで、かなりインパクトのある言葉。 逃げ場無し。 
この価値観で揃っている組織は、めちゃくちゃ強力なのは当たり前。
 


③ 「ヴァリューが出る」/「プロだろ?」/ミリオンダラースライド — ベイン
 
日々の仕事で、お客様に請求する金額を上回る価値を提供出来ているか、一人ひとりが、1時間1時間考える組織も強いです。 
 
ベインの場合、トイレでの挨拶は、
 
「おう、ヴァリュー出てる?」
 
でしたし、 
上司は部下がちょっと泣き言を言ったり甘えれば
 
「プロとしてどうなの?
 
(=ごちゃごちゃ言うけど、今日お前はXX万円の請求をお客様にすることをお客様に正当化出来るわけ?の意)」
 
とバッサリ切っていましたし、
 
誉めるときは
 
「これ、ミリオンダラースライドだね
(1億円の価値のある提案/分析だね)」
 
という言葉でした。 
 
常に、意識する結果が揃うという意味で、こういう言葉は「効いて」いました
 


⑤ 洗い場に逃げるな / 国立店のアルバイト — ワタミ

両方とも、「洗い場」「国立店」と具体的な言葉があるので、インパクトがある事例。
 
「洗い場に逃げるな」とはリーダーシップに関わる事例提示型の教訓。
 
店舗で洗い場というのは、一般的にやりたがられない役割なので、店長が洗い場に入ると、「あの店長は積極的に汚れ役をやっていい人だな」とスタッフに思われるのですが、それに安住するなと。
常に全体を見渡して、やらなければならない事をちゃんとやれ、安易な人気取りに安住するな、という言葉。
 
国立店のアルバイトとは、店が階段を上り下りしないと入れないところだったが、足腰の弱いお客様をおんぶして差し上げて、誉められた所、「私、昔から力だけは強いんですよ」と言ったアルバイトのお話。 サービスのあるべき姿を示した事例。
 
こういう、具体的、象徴的な言葉は効きますね。
 

以上、何が言いたいかというと、「文化」を作る事こそ、会社を創る事だと思うし、
 
それにあたっては、マジカルな「社内用語」が大切だな、と思う、ということでした。

労働法特区に関するエトセトラ(さくっと)

労働法特区、大前提、どんどんやるべし! と思います。
 
若い、やる気のある人には、とにかく朗報ですね。 
この既得権益渦巻く日本において、すこし建設的な場が作られるかもしれません。
 
さて、これに関して、いくつか思う事を書きます。

1、 当然「パフォーマンスが悪ければ解雇」が前提

今、なんか、「最初にルール(例えば、遅刻をしたら解雇できる とか)を決めて、それが優先する」
みたいな議論を見ますがナンセンス。 ややこしいことになります。
この特区の意味は、「会社がパフォーマンスを、自分の尺度で計り、その結果解雇できる(しかも、その評価ルールはいつでも会社都合で変えられる)」が大前提でしょう。
 
解雇時の支払いが月給何ヶ月分なのか、とか そのあたりをこの特区でも縛るのか、縛らないのかぐらいが論点でしょう

2、 どこ? 渋谷区とか? 鎌倉? 軽井沢?  夕張!?

場所重要ですね。 千代田区、港区で出来きれないとすると、、、 いろいろ混乱しそうですね。
これ、市町村行政当局からすると、超重要な話しですが、市区町村の人で、「うちに誘致しよう!」的な会話している所あるんでしょうか?
なさそー

3、 本社をヴァーチャルに置いていいの?
 
その後、議論になるであろう事が、「本社は、実質その機能を果たしている所じゃなきゃだめ!」というのが、税当局の見解になってくるでしょうが、 じゃあ、みんな本社引っ越すのかい!? みたいな話しになって大混乱。
 
まあ、この特区への本社移転の場合は多めに見ましょう、的な妥結をした所で、
とどのつまりは、企業側で真剣に本社移転を相談し始めて「いっそのことシンガポールやケイマンにグローバル本社を移して、日本法人登記を、その特区に置けばいいんじゃない?」 みたいな結論が出て来たりしそう、、、

とあれこれ考えたコトを書きました

オリンピックやビールかけもいいけれど 〜 当事者になろう

オリンピックが来る、ということで盛り上がったり、
 
野球の優勝チームが決まって、盛り上がったり
 
していますが、どーなんだろーなー と思う事があります。
 
僕は、全然関心が持てない、というか、もっと言うとビールかけとか見るのは「ちらっと」しか見たくないです。 
うらやましいし、自分はなんにも関係ないから。 
 
オリンピックも、東京開催のニュースに接して思うのは、なんとか自分が出られないかな?バイアスロンとか実利を兼ねて練習したら行けるかな、でも冬期だったな、、、とか妄想するだけです。
 
関係者、当事者は、当然嬉しいでしょうし、盛り上がればいい と思います。
 
でも、まわりで盛り上がっているほとんどの人、関係ないじゃんと。
 
オリンピックが決まったり、野球チームが優勝したのは、お前が応援したからでもないし。
オリンピックが決まったり、野球チームが優勝した事で、たいしてお前にいい事がある訳でもないし。
という人が盛り上がるのは、どうなのか、といつもながら思います。
 
「個人の時代」と言われます。
 
ロングテールクラウドソーシング、 といった流れ。 
フェイスブック、アマゾン などといった情報、物流プラットフォーム、
3Dプリンタから始まる、製造の小ロット化&低価格化。
 
沢山じゃないけど、個人が、作り、売れます。そういう流れが来ています。
 
そして、農業をやってみて つくづく思うのですが、 いろいろなことは、本当にやってみないとわからない。
 
リスクをとってやってみて、やってみたら予想外な問題続出で、それをなんとかするべくエネルギーを使って(むしろ湧いて来て)。
 
でも、やってみないと絶対起きなかった そして、やる前には全然予測なんて出来ない 素晴らしい事が、起きる。
例えば、仕事をした後のビールがあり得ないぐらい旨いです。
 

例えば、こんな事が出来ます。
 
今、アジアに日本の若い、「当事者」としての作り手をどんどん出していく、ということがやりたいと思っています。
向こうで、月2−3万もあれば、いい生活ができ、ものづくりに集中できます。
売り先もあるし、作れます。ニーズあります。
何人かで束になってやれば、さみしくない、そんなコミュニティーも作れると思います。
 
ワーホリの、もうちょっと進化版みたいな。こと
 
こういう、日本人がアジアの郊外でものづくりに専心して助け合うコミュニティーデザインと、
アジアの主要都市で、「ミニジャパンモール」みたいな、ラーメン、寿司屋、牛丼やもあるけど、小物、服などのセレクトショップもある。 八百屋と魚屋もある。 八百屋とセレクトショップには、日本人が現地で作っているものが並べられる。 そんなフォーマットを九州を作戦基地に開発中です。
まず、多分フィリピン、タイで。 その後インドネシアベトナムミャンマー、、、というっ感じ
 
求む、アジアでものづくりに専心する人。
 
野菜農家、陶芸家、藍染めとか草木染めとか服飾関係の人、塗り物、木工、アクセサリー  とか。
 
話しがそれましたが、 「当事者になろう」 リアルの場で。 自分で、やる。 楽しいと思います。

 
 

タンジブル・コミュニティー・ムーブメント やりたい

起業して2年近くが経ちました。

ピークシーズンの夏も終わり、これからの事を考えます。

わがままにやりたいことだけ、やりたいようにやって来ましたが、お陰様でなんとか売上も初年度から比べると倍増でき、
事業展開も、インドネシアにおける稲作や、いくつか新規事業をプロジェクトベースでやらせて頂く等、広がって来ましたし、いろいろな方との出会いを頂きました。 感謝感謝です。
 
ただ、私は「レバレッジが効かない、手触り感/ダイレクト感のある事業」に絞ってやっているので、これ以上のペースでの事業拡大は望めませんし、範囲としても既にいろいろやりすぎるぐらいやらせてもらっています。
 
では、あらためて、これからどうしたいか。考えています。
 
最近とみに思うのが、ムーブメントみたいなものに参加したい!一緒に作って行きたい!という思いです。

なんか、今、世の中のマジョリティー(あるいは既得権益とも言う)との、価値観ギャップが大きすぎて、なかなか普通に動いていても、効率が悪かったり、疲れたり。
 
そこで、ある程度ベースの価値観を共有する仲間でいろいろなことを創って行きたいな、そんなムーブメント感があれば、素晴らしいな、と思うのです。
 
どんな価値観かというと、、、
 
ー ひたむきに、クリエイティブに働く。手触り感を大切に働く。
(バーチャルなもの、マスで便利なものとは適切な距離をおく)
 
ー 顔の見える仲間と、助け合って自立する。プロジェクトベースで。
(お金や国や大企業などをそんなには信じない)
 
ー ホームベースコミュニティー作りと、グローバルチャレンジと、両方やる。
(仙人になって、桃源郷を創ろうとする訳じゃない)

以下のようなイメージの価値観です

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僕は、世界一のスポーツ(例えばサッカー)を観戦したいのではない。自分で仲間と楽しみたい。
自分が食べるもの、着るもの、なんであれ必要なものは、ブラックボックスに依存するのではなく、なるべく理解したい。

僕自身は、軽井沢周辺とインドネシア(の田舎)に張り付いて、6月〜11月は軽井沢、12月〜5月はインドネシアが本社、みたいな感じでこつこつと上記のようなことをやって行きます。 が、似た価値観で行動する人とコラボして行きたいな、と思うのです。
 
僕自身ができるようになるべくリストアップしているのは、
ー 電気屋(エネルギー、大切)
— 野菜、米に留まらず、果物、肉(鶏、羊)、乳製品の生産
— 狩猟 (畑に熊が出るし)
— セスナ運転 (インドネシアでゆくゆく播種セスナからだし)
— ヨット、ウィンドサーフィン (風&水)
— 剣道 (大和魂と言えば、刀)
— 漆塗り、蒔絵 (3Dプリンタとかにより、“塗り”の付加価値が重要)
— 陶芸 (やっぱ、食べ物の次は、器、でしょ)

で、それを一緒にやって行きたい、コミュニティー作りを一緒にやりたいのは、
— 大工
— 鍛冶屋
— 花屋
— 居酒屋店長(済)
— カフェ店長
寺子屋先生
— 小説家/情報屋
といった方々です。
 
僕も、30過ぎて農業始めたし、大切なのはスキルではなく、価値観かなと思います。
 
こんな価値観、領域で、日本の田舎とアジアを中心とする海外を行き来して、クリエイティブ且つ地に足がついて落ち着いた生き方ができればな、と思います。
 
求ム、仲間!