仕事選びについて2〜 時代認識からの考察 “知足シフト”が鍵

今の時代認識と、それが仕事選びにどう関連するかについて、考えをまとめたい。
 
まあ、コンサルから農業にチャレンジしている変わり者の戯言なのかもしれない。(本人大真面目で書いている)
 
ちょっと、とりとめもなく長い文章になる。
けど、なぜ今僕が農業をやっているかにも深く関わる、根源的な話だと思っている。
簡単に言うと、
 
「好きなことをやらないと、一生誰かの顔色を伺って死ぬことになるか、グローバルの中で一番を目指し続けてあがく人生になる。足ることを知り、欲求と上手に付き合うような生き方にシフトしよう。」
というメッセージ。
 
 
昔、世界史で、「機械打ちこわし運動」を習った。曰く、産業革命で機械に仕事を奪われた人々が怒って機械を壊しにかかった由。
習った当時、中学生だったか高校生だった自分は、「そんなことしても、どうにも流れは変えられないのに馬鹿だな」と思った。
今は、実は、少し、機械を打ち壊した人々の気持ちがわかる。そんなことを、最近良く考えている。

例えば、村の規則で、
「1950年以降に作られた物は、ハンドメード以外持ち込み禁止」
みたいな村があったとしたら、結構興味がある。そっちのほうが幸せなんじゃないかと。
実際、アメリカにはアーミッシュというそういうようなコミュニティーもある。
あと、以前書いた小布施の話、「自動車が街中走らない町」構想が現実にあったりする。
今は、便利かもしれないけど、自殺の多い不幸社会。それってどうなんだか。

さて、つれづれなるままに。

僕は、今の時代はこんな感じだと思っている。
 
化石燃料や資源など有限なものを収奪しつつ、効率的に大量生産することで、人間はほぼ働かずに必要なものが揃えられるようになった。結果努力せず、マズローの第三次欲求までは簡単に満たされるようになった。
 

・ さらに、情報がボーダレス化・即時化する中で、世界で一番のものが一瞬で世界に広がる世の中になり、本当にクリエイティブな仕事・自分でしかできないと感じられる仕事をできる可能性は大幅に低下。「村の鍛冶屋」が尊敬されるというような状況のチャンスは減り、「みんな世界一あるいはスティーブジョブスに本当はあこがれるが、実際には百万人に一人ぐらいしかつきぬけられない」時代へ。仕事のマニュアル化、均一化は進みほとんどの人が「マックジョブ」的なこと(マックに失礼だが)をすることに。代替可能な労働力にはほぼ付加価値がないという使用する企業側の論理と、そうは言っても政治的マジョリティーの労働者の間で最低賃金をめぐる闘争は激化

 
・ 加えて、マーケティングは飽きられ物欲は刺激できず、先進国にて経済発展は終焉。富を持っている高齢者に資本主義における力が固着化。ホリエモン村上ファンドもつぶされましたが、“秩序”のなかで、既得権益を持っている人に上手に取り入ることが効率的に経済メリットを得る唯一の方法になりつつある、大変閉塞感のある時代へ。 
 

と、まあ、なんとも悩ましい時代認識を僕は持っています。
でも、希望もあります。後で書きます。

そんな、閉塞社会、ストレス社会から解放されるために生きる道は、ざっくり言うと以下の3つの方向性ぐらいしかないんじゃないか、と思います。

1)バーチャルに逃げ込み、これがリアルだと混同して満足する(ゲームとかして過ごす)
 
2)俺も夢をあきらめなければ、叶う。と信じ、世界一になるべく努力を続ける。(結果世界一になれなくてもそれに向かってがんばれば人生いいんだ、と納得して生きる)「夢を追い続けるプロセスに意味がある」「勝つまで戦え」(by 渡邉美樹)的生き方。
 
3)謙虚に、足ることを知って生きる。「ないものを数えるのではなく、あるものを数える(by渡邉美樹)」で、感謝に生きる。家族はじめまわりとの人間関係や、趣味などを充実させる。
  
完全な択一ではなく、バランスよく生きることができるとは思うのですが
それでも、お勧めは3です。
1は、なんかいやだし、そんな人ばっかりだと人類滅亡するし。
2は、多くの場合、見ていて危ういし、結局世界一にならないと満たされない欲求なのに、それはなかなか叶わないので。
3的な方向性で、こつこつ、いごこちの良い環境づくりをやるのがいいと思います。

 
うまく、「3」が叶う環境を整えるのに必要なこと。それは、
・ 好きなこと、自分らしさを価値に変えられる仕事にすること。こつこつと、お客様のメリットに直接関わって積み重ねること
・ タンジブルな喜び(料理、音楽etc.)を生活の中で大切にすること
・ 自分と問答する時間・環境を確保するなどで、素直な状態、「知足状態」を維持すること
 
そういったことかなと思います。
やはり、東京の中で、ストレスにまみれた仕事をしていると、一流ブランドのものを買って、なんだか自分が高いステータスの人間になれた気持ちになることで自分を落ち着かせたりしてしまうものです。
 
幸い、私の場合、農業が気に入っています。
自然環境の中で、食べ物を作る仕事は、いつも仕事の、人間の基本を僕に教えてくれる感じがします。また、身近なところで、よく知っている人に食べてもらうというようなことが、本当にうれしいことです。「レバレッジ」とか、どうでもいいです。
日本人のほとんどはもともと農耕民族。多くの人にとって、この回帰は、幸せなことなんじゃないかと、個人的には思っています。
 
そして、この閉塞した難しい時代の現代において、なによりすばらしいことがあります。
 
それは、「どこに住むか自由に決められる」こと。
これは、有史以来、これほどのチャンスはないでしょう。
ネットもあり、英語も共通語の中、現実問題どこに住んでどこで仕事をしてもいいわけです。
 
ということで、結局我々は、本当に恵まれたタイミングに生きています。
世界中の中から、自分にいちばんフィットした場所を探して、自分らしく生きていきましょう。

私も臆病者なので、「兼業農家」を、東京と長野の結節点軽井沢をベースにはじめますが。